December 9, 2010

 ルネサス エレクトロニクス株式会社(代表取締役社長:赤尾 泰、以下ルネサス)はこのたび、今後の微細トランジスタを用いたLSIの誤動作を引き起こす要因となることが予測されるランダム・テレグラフ・ノイズ(RTN (注1)= Random Telegraph Noise)について、その原因となっているトラップ(注1)の時間変動に関する統計的挙動を詳細に解析し、高信頼な先端LSI設計の実現に向けた新たな手法を開発いたしました。

 RTNとはトラップに1個の電荷が出入りすることでトランジスタを流れる電流が時間とともに不連続に変動する現象で、トランジスタが微小になるほどその影響が増加することから、微細化が進んだLSIで誤動作を引き起こす可能性が指摘されています。RTN現象は製造方法を改善しても完全には除去できないと考えられており、高信頼なLSIを実現するためには、RTN現象が生じたとしても動作が妨げられないよう、適切に設計される必要があります。トラップの性質やトラップの数はランダムに決まることから、RTNは一種のばらつき現象であり、その理解には統計的な分析が不可欠です。

 この問題に対応するため、ルネサスは、RTNによる誤動作が製品寿命中に発生するか否かを高速に判定するためのシミュレーション手法をすでに開発しております。また、このシミュレーションを実行するために必要な基礎情報である、トラップ数のばらつき方、および各トラップが引き起こす電流変動幅のばらつき方を明らかにしてきました。しかしながら、トラップの時定数(注2)のばらつき方に関する情報が不足していました。時定数が小さいトラップは頻繁に電荷が出入りし、時定数が大きいトラップは稀にしか電荷が出入りしません。時定数のばらつき方がわからないと、情報の一部に仮定を設けてシミュレーションを実施しなければならないため、その予測精度が低下する恐れがありました。

 時定数のばらつきは、各トラップが持つエネルギー・レベル、およびトラップの位置(シリコン基板表面からの距離)のばらつきによって生じるとされています。個々のトラップのエネルギー・レベルと位置は、トランジスタのゲートにかける電圧を変え、複数の条件で測定したRTNの時間波形の分析により決定することができますが、その手順は煩雑であるため、従来は少数のトランジスタについてのみ実施された例が報告されていました。そこでルネサスは今回、この手順を自動実行するためのデータ処理プログラムを作成することで、多数のトランジスタについてこの作業を効率的に実施し、エネルギー・レベルと位置の統計的な分布を抽出しました。

 このたび開発した手法は以下のとおりです。

(1)分析に適する(少数しかトラップを含まない)トランジスタを選別し、複数のゲート電圧において、各トラップが引き起こす電流の時間変動の仕方と、電流変動幅とを同時に測定することで、エネルギー・レベル、電流変動幅、トラップ位置を抽出する。

(2)上記手順を多数のトランジスタにおいて自動的に実行し、エネルギー・レベル、電流変動幅、トラップ位置のばらつき方、およびばらつき方の相関を抽出する。

 この手法を適用することで、トラップのエネルギー・レベルが広範囲に亘ってばらついていることが明らかになりました。

 さらに、時定数がトラップ位置とほとんど無関係にばらつくということも明らかになりました。従来、時定数とトラップ位置との関係については異なる説がありました。第一は、トラップがシリコン基板表面に近いほどRTNの時間変動が頻繁になる(時定数が小さい)とともに、電流変動幅は増加するとする説です。トラップが基板に近いほど電荷が出入りしやすく、かつ特性に与える影響が大きいと思われるからです。第二は、電荷の捕獲と放出は単に基板との距離ではなく、トラップの化学的性質によって決まっているから、このような時定数と特性変動幅との関係は弱いだろうという説です。今回の評価結果は第二の説を支持しており、時定数と電流変動幅は無関係にばらつくとみなせることがわかりました。

 今回明らかにした情報をすでに開発したシミュレーションに取り込むと、従来よりも確度が高い信頼性予測が可能となるため、RTNに対する信頼性を確保した適切な回路設計を、より確実に実現することができるようになります。

ルネサスでは今後も高性能かつ高品質な製品を提供し続けるため、RTNも含めたばらつき現象に関する研究・開発を積極的に展開していく予定です。

 なお、当社は今回の成果を、本年12月6日から8日まで、米国サンフランシスコで開催される電子デバイス関連の国際学会「IEDM 2010(2010 International Electron Devices Meeting)」において、現地時間の8日に発表しました。

以 上

(注1)RTN、トラップ
トラップとは、そこに電荷1個が出入りできるゲート絶縁膜中の微小な欠陥。トラップは電荷が溜まっている状態と空の状態を行き来し、それに対応してトランジスタの導電性は2つの状態の間を時間的に変化する。この現象をRTNと呼ぶ。

トラップがトランジスタ中に何個あるか、各トラップに電荷が溜まっている状態と空の状態の間のトランジスタの電流変化の幅、各トラップの時間変化の仕方(時定数)は偶然によって決まるため、RTNの挙動は統計的にばらつくこととなる。

(注2)時定数
トラップに電荷が溜まっている状態、または空の状態が継続する時間は確率的に決まり、毎回変化するが、その平均値を時定数と呼ぶ。溜まっている状態の時定 数と、空の状態の時定数の2つがある。時定数が短いほど、短時間のうちにその状態から他方の状態に遷移する可能性が高い。

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