1. PCIeはAutomotive
技術やコンピュータサイエンスに深く関心を持つ多くの方々は、少なくともご自身のPC(パーソナルコンピュータ)のカバーを開け、一度は実際に内部に何があるかをご覧になっているのではないかと思います。CPU、ヒートシンク、およびファンを搭載した大きなPCBのほかに、通常、筐体の背面に向かって垂直に配置されている拡張スロットを見たことがあるかもしれません。これらはCEM (Card Electromechanical) 規格に従った最も一般的なフォームファクタのPCI Express® (PCIe®) 拡張スロットです。他の目的のために、異なるサイズのフォームファクタも利用可能です。PCI Express M.2またはU.2 コネクタは、SSDやその他のストレージデバイスを接続するためのコネクタ、ケーブル接続用のOCuLinkプラグなどがあります。ご家庭のPCもスーパーコンピュータも同様、何かの機能拡張を行う際、PCIeは最も伝統的なI/O接続方法であると考えられます。PCIe は、過去成功したPCIおよびPCI-X規格の後継です。PCIeとその前身の主な違いの1つは、過去パラレル形式で行われていたデータ転送がシリアル方式になっている点です。パラレル・バス同期の制限によって、前世紀末ですでに多くのパラレル・インターフェイスが消滅し、シリアル転送方式が主流となっています。例えば、プリンタとの接続でよく用いられてきたセントロニクス・インターフェイス(IEEE 1284)が挙げられます。
PCIeは高速帯域が扱えるだけでなく、信頼性の高い転送方式を提供する、成功・成熟したインターコネクト用のI/Oインターフェイスであると見なされます。2003年にリリースされて以来、後方互換性を維持しながら、帯域幅はおおよそ3年ごとに倍増しています。(図1)
現在、PCIe Generation 6 (PCIe 6.0) が開発されています。本稿では、この新バージョンの機能と開発状況については割愛します。ご興味がある方は、PCI-SIG Board のDebendra Das Sharma によって作成されたビデオをご覧いただき、全体を俯瞰されるのをお勧めいたします。
帯域幅は、PCIe の人気を支える要因の一つです。またPCIeには、いわゆる”inbuild reliable transport mechanism”という考え方があり、これは転送されるパケットが実際にはどこへ行くべきかをハードウェアが保証することを意味します。これは送信後は手離れする考え方であるイーサネットとは異なります。イーサネットでは、E2Eでデータ転送を保証したい場合、ソフトウェアによる転送プロトコル制御が必要になります。これにより、転送におけるレイテンシが増加、さらにCPUの演算リソースも必要になります。PCIeは、パケットとトランザクション用のビルドイン・エラー検出および訂正メカニズムによって、さらに信頼性が高められます。パケット配送の保証がハードウェアレベルで配慮されており、必要に応じて再送信なども行います。
PCIe のもう1つの資産は既存のECOシステムです。数えきれないほどのPCIe対応デバイスが市販されています。Wi-Fiチップから4Gおよび5Gモデム、グラフィックカード、ストレージデバイスまで高速なデータ転送が必要とされるものばかりです。ソフトウェア、パケットアナライザ、ツール、コンプライアンスによって、開発者はこの技術を容易に使えるようになっており、複雑なシステムを構築することが可能です。
PCIeは、さまざまなワーキンググループで規格の開発と維持を行っているPCI-SIGにおいて、業界からの支援を受けながら、持続的な進化を続けています。冒頭でご紹介した車載ワーキンググループも、PCI-SIGの一員です。
1.1 車載にとってなぜPCIeは興味深いのでしょうか?
「運転支援システムや自動運転の登場により、これまでスーパーコンピュータの領域であった計算能力が自動車に必要になってきている」とPCI-SIGバイスプレジデントのRichard Solomon氏は述べています。現在PCIeは、ナビ情報の保存や4GまたはGNSSモデムへの接続ソリューションとして、ハイエンドのインフォテインメントシステムなどにおいて、使用されています。
車載で使用されている他の通信プロトコルと比較すると、PCIeは全く異なる通信パラダイムが使用されています。イーサネット、CAN、LINにおいては、送信側CPUが情報(データ)を転送プロトコルに沿ってパッキングし、受信側のCPUがアンパッキングし、情報を取り出すという典型的な送受信方式が適用されています。それに対し、DMA ベースのアクセス方式であるPCIeでは、プロセッサはリモート側のプロセッサを介さず、リモートのデータに直接アクセスが可能です。
PCI-SIGは、PCIeが車載に関連する可能性がある4つの潜在的なユースケースを特定しました。以下のユースケースは、すべてPCIeの既存のキードメインにも当てはまります。明らかにしたいことは、車載環境において、どうすると効果的にPCIeを活用できるかという点です。
ユースケース1: 演算能力のスケールアップ
このユースケースは伝統的な使用方法であり、ECU内部のチップ間通信にPCIeを使用します。アプリは高解像度のディスプレイ処理から画像認識、ニューラルネットワークなど様々なシーンでの活用が期待されます。PCIeでは、スケーラビリティと仮想化機能を使用し、演算をモジュール化したアーキを構築することができます。PCIeインターフェイスにレーンを追加することによって、アプリ全体を変更せずにデータレートを上げていくことができます。この特性により、プロセッサに大きな負荷をかけずに高い転送レートを確保可能となります。仮想化を支援するSRIOV やATSなどの拡張機能は、機能安全やセキュリティを支援する手段を開発者に提供します。
ユースケース2: ストレージ
こちらもまた現状のPCIeアプリに存在する定番のユースケースです。例えば、データ記録に対する法的要件のために、高速かつ信頼性の高いストレージにニーズがあります。車載環境で動作するためのストレージ技術は確立されており、短TAT開発に貢献するPCIeよるソリューションあります。データ格納、保護、規制対象となる機密データを演算する際、転送ならび格納方法に関する配慮が必要となります。
ユースケース3: バックボーン
キーワードだけからするとこちらもPCIeのユースケースですが、環境条件が異なります。車両内に配置されるECUの場合と比較すると、現在のPCベースのユースケースにおけるPCIeデバイス間の距離は、かなり短くなります。PCIe規格では、最大ケーブル長は規定されていません。現在利用可能なケーブルでは、通常、リタイマ(振幅の減衰やノイズを補正するデバイス)なしで5~7メートル程度のPCIeインターフェイス間の接続をサポートしています。十分な距離が確保されているようにも見えますが、厳しい自動車環境のために作られた通信チャネルではないため、車載条件において満たしているとは断定できません。リタイマを追加すると、たしかに接続距離を延長できますが、自動車業界で非常に重要な要素であるシステム全体のコストも増加する可能性があります。HDBaseTのように、より長い距離での接続を可能にするプロプライエタリな物理層レベルのソリューションもあり、PCIe はこれら他のネットワークソリューションとも競合します。
ユースケース4: コネクティビティ
このユースケースは、例えば、ゲートウェイ ECU とテレマティックコントロールユニット (TCU) 間の接続などに適用されます。これはアーキテクチャに応じてC2C (Chip-to-chip)接続またはロングリーチ接続のいずれかになります。要件の観点からは、このユースケースは1番目と3番目のユースケースの混成と考えられます。
1.2 PCIeは、自動車に何を提供していきますか?
車両で扱うデータ量の指数関数的増加に対する今後の課題に対応していくために、PCI-SIGは、必ずしも真新しいツールではなくとも、何かツールを車載業界に提供したいと考えています。
スピードなどの技術面、エコシステム、マルチベンダによる調達性に加え、PCIeはコンプライアンステストと認定のために確立された手順を持っています。標準化されたソリューションは、相互運用性が保証され、業界内の複数のプレイヤからの支援もあり、それに伴って製品の長期的な調達性とさらなる技術開発が期待され、自動車業界で受け入れられる傾向があります。
この業界にとって、技術の成熟度と持続性は重要です。PCIeは少なくとも20年は利用されており、次の10年間も継続すると考えられます。自動車業界の今後の潜在ニーズのために、専門のワーキンググループを設置し、その安定した基盤上で車両におけるPCIe技術を推進していくことは、適切なアプローチであると考えられます。しかし、各社の技術開発は速く、そして標準化よりも速くなることがたびたびあります。すでに使用されているものや業界のベストプラクティスであるかを標準化しようとするのではなく、将来のユースケースやアプリケーション分野に焦点を当てて注力しなければならないと考えられます。
1.3 PCIeは、車載用に準備できているのでしょうか?
PCIeは車載で既に使用されているため、この質問に対する最初の回答は「yes」です。将来の用途(信頼性要件、温度範囲、ノイズ、ケーブル長) に対する準備ができているかについては、その答えは「それを解決するためにPCI-SIG に車載ワーキンググループを結成しました」です。
Intel社とNvidia社が主導する車載ワーキンググループは、さまざまな背景を持つ企業と人々を結び付けています。優れたPCIe専門家、自動車業界の経験を持つメンバ、ネットワークアーキテクト、物理層の専門家がいます。そして将来PCIeがどのように使われるか、そして自動車業界でPCIeを実装したときに起こりうる課題を明らかにしていこうとしています。
調査すべき分野はいくつかあります。まず使用環境の条件が異なります。自動車業界ではノイズやEMIに対して非常に厳しい要求とテスト方法があり、認定および認定プロセスに適合していかなければなりません。製品はAEQ-100として車載規格に対して広く認定され、利用可能でなければなりません。グレード3または2に適合できる製品は多数ありますが、グレード1(125℃対応)デバイスの選択肢は限られます。
自動車内のワイヤリングハーネスのような内部システムから外部に露出しているインターフェイスに対し、セキュリティは特に重要な要件となります。PCIe Generation 5 以降、PCIe への拡張(Enginieering Change Notice - ECN) が利用可能になり、トランザクション層におけるパケットの機密性、完全性(インテグリティ)、リプレイ対策が実現されます。このECNは業界のベストプラクティスに基づいて開発されましたが、車載の観点から見直しと正当化が必要であるとも考えられます。深い検討が必要なもう1つの側面は、安全機構(セーフティメカニズム)です。PCIeは、さまざまなCRC、再送機構、通知メカニズムを活用したトランザクションの確認など、一定の安全機構を備えています。車載製品は安全を念頭に置いて開発されており、様々な条件で使用されます。PCIeが提供する安全機構が十分であるかどうかは、システムレベルで分析され、その判定はユースケースにも依存します。
1.4 欠けているものは何ですか?
イノベーションを主導できる車両メーカからの積極的な参加が必要とされているのではないかと考えられています。ただし、イノベーティブな内容を標準化することが容易ではないことは長い歴史の中でわかってきています。
1.5 ルネサスからPCIeへの貢献
ルネサスはPCI-SIGに当初から加入しており、産業分野や自動車分野において標準規格策定に積極的に参画してきました。提供する製品は、クロックジェネレータ、リタイマ、およびスイッチが統合されたプロセッサ、ルートコンプレックスおよびエンドポイントなどです。
PCI-SIGの車載ワーキンググループが発表されたとき、この新しい領域での標準規格策定に対する協力とお客様への有益なソリューション提供を目標とし、参画を決定しました。このワーキンググループは、PCIe標準にどのような強化が必要であるかを明確に結論付けることなく、2021年3月に設立されています。弊社は、自動車業界の新しいアプリケーションで求められる革新に寄与、製品に反映、市場へ供給していくことによって、車載業界のさらなる発展に貢献して参ります。