イントロダクション
「半導体」という文字がこれほど一般のみなさんの目に触れるようになったことは未だかつてなかったのではないでしょうか?
昨年は半導体の供給不足が様々なメディアで取り上げられたため、今まで当たり前のように使っていた様々な電子機器がすべて半導体という小さな部品に支えられていたのだという事を再認識したという方も多いかと思います。
最初は電卓の設計を柔軟にするために発明されたごくごく小さなコンピュータが、半導体ビジネスの本質であるムーアの法則に後押しされて文字通り指数関数的に機能・性能を向上させ、社会システムの根幹を支える存在になりました。
この記事では、そんなマイクロコンピュータの進化の先にたどり着いたルネサスエレクトロニクス製のハイエンド組込みMPU「RZファミリ」と、そのMPUを搭載したラズベリーパイ型ボードRZBOARD V2Lのご紹介をさせて頂こうと思います。
RZファミリ最新モデル RZ/V2L
ルネサスエレクトロニクスはたくさんのマイコン製品を提供していますが、その中でもハイエンドに位置する製品がRZファミリです。通常のマイコンはフラッシュROMとSRAMを内蔵し1チップで動作させる事ができますが、半導体を作る方法(製造プロセス)の制約から、フラッシュROMを内蔵したマイコンは動作周波数を上げにくいという課題を持っています。例えばルネサスの代表的な32ビットマイコンであるRXファミリは、最上位のRX700シリーズでも最大動作周波数240MHzです。
これらに対し、あえてフラッシュROMを内蔵せず、最先端プロセスを使う事で大幅に性能向上を果たした新世代の組込みプロセッサがRZファミリです。 そのRZファミリの一つ、AIプロセッサのRZ/V2Lは、Arm社の最新64ビットCPUコアであるCortex-A55を2個搭載し、1.2GHzとMCUに比べて大幅に高い動作周波数で動かす事ができます。 そして、このRZ/V2Lを搭載したラズベリーパイ型シングルボードコンピュータ RZBOARD V2Lがこの夏にリリースされました。
RZBOARD V2Lの仕様
このRZBOARD V2Lがどんなボードなのか見ていきましょう。外観を図1に、仕様概要を図2に示します。
フォームファクタ
外形はラズベリーパイ3や4と同サイズ(85mm x 56mm)、各端子の配置もラズベリーパイ4に似ていますが、仕様の違いによりUSB 2.0(Type-A x2)はMicro USBコネクタに、2つのMicro HDMI端子は1つになっています。電源に使うUSB Type-C端子や、カメラ入力用のMIPI-CSI端子、ディスプレイ出力用のMIPI-DSI端子は同じ仕様のコネクタがラズベリーパイと同じ位置に配置されています。
CPUとAIプロセッサ
クワッドコアのラズパイ3 Model B+(Cortex-A53/1.4GHz x4)やラズパイ4(Cortex-A72/1.5GHz x4)に比べるとCPU構成は非力に見えますが、その代わりに強力なAIアクセラレータDRP-AIを搭載している点が最大の特長です。このAIアクセラレータは、ルネサス独自の動的再構成プロセッサ DRP(*1)をベースにAI向けの拡張を施してあり、例えば物体認識モデルTinyYOLOv3を動作させた場合はラズパイ4の16倍のAI性能を発揮する事ができます(※2)。
さらに、DRP-AIはローエンドGPU相当のAI性能をGPUの1/3程度の消費電力で実現している事も大きな特長であり、ラズパイ4では必須である冷却ファンなどの放熱部品が一切必要ありません。
(※1) DRP:Dynamically Reconfigurable Processor(動的再構成プロセッサ)の略 (※2) Raspberry Pi4(ncnn):1.9fps, RZ/V2L(DRP-AI Translator):32.9ms(30fps)GPU
ArmのエントリークラスGPU Mali-G31がオンチップで搭載されています。エントリークラスといっても3D対応のGPUなので、軽めのグラフィックス表示であれば対応できそうです。
ビデオ処理関連
カメラ入力はラズベリーパイと同じくMIPI-CSI2が用意されています。入力解像度は5Mピクセルまで対応しているので、カメラモジュール次第でfull-HD(2M-pixel)を超えるキャプチャもできます。
また、full-HD(1920x1080)/30fps対応のH.264コーデックが搭載されているため、例えばカメラモジュールで撮影したFull-HD動画をそのままリアルタイムでエンコードしてSDカードに保存したりEthernetでホスト機器に流したりするメディア処理が1チップでできる事になります。その他のI/O
EtherはGbps対応、USBは2.0が2チャンネル付いています。ラズベリーパイには無いCANがオンボードで用意されているのは、産業機器への応用を考えている方々には興味深い点かもしれません。
メモリ
オンボードで2GB(x16構成)のDDR4-DRAMと32GBのeMMCが搭載されています。さらにストレージとしても使えるMicroSDスロットが背面に用意されているので、使い勝手は良さそうです。
AI性能ベンチマーク
最後に、ラズベリーパイ4とRZ/V2Lのベンチマーク結果を紹介しましょう。
図3は、3種類のAIモデルについて、ラズベリーパイ4とRZ/V2LおよびV2Lの上位機種であるRZ/V2MAの推論性能を比較したグラフです。ラズベリーパイ4の性能はQ-engineeringのWebサイト(※3)からncnnとTensorFlow Liteの2種類のAIフレームワークでの性能をお借りしました。AIモデルによって違いはありますが、例えばTinyYOLOv3の場合、RZ/V2Lはラズベリーパイ4(ncnn)に対して16倍という高い性能を発揮する事がわかります。
(※3) Deep learning with Raspberry Pi and alternatives in 2023 (web)
この記事では、従来のプロセッサやGPUに比べ極めて高い電力効率でAIを実行できるラズパイ型の評価ボードRZBOARD V2Lを紹介しました。RZBOARD V2LでDRP-AIの持つ高い電力性能を気軽に試せるようになることで、今まで電力制約や発熱・コストの問題で採用が難しかった様々なアプリケーションで画像AIの応用が進む事を期待しています。
参考文献
RZ/V2L Group User's Manual: Hardware (R01UH0936EJ0140)
RZ/V2L, RZ/V2M, RZ/V2MA DRP-AI PERFORMANCE REPORT (R11AN0657EJ0740)
RZBoard V2L Hardware User Guide (v1.0 October 05, 2022)
RZBoard V2L Quick-Start Guide (v1.1)
ホワイトペーパー 組み込みAIアクセレーター (DRP-AI)
Trademarks
ArmおよびCortexは、Arm Limited(またはその子会社)のEUまたはその他の国における登録商標です。