私たちは今、デジタル時代に生きています。しかし、半導体を通じて未来を切り拓こうとする時、それが何を意味するのか真剣に考えたことがどれほどあるでしょうか。ルネサスは、私たち自身のため、そして顧客の価値創出のために、デジタルトランスフォーメーションへの取り組みを本格的にスタートしました。その重要な目的の一つは、分断されている電子機器設計プロセスの効率を改善するために、合理化と簡素化、そしてより広範なチーム間連携を、業界全体で実現できるよう支援することです。
IT専門誌「Channel Insider」は、デジタル領域を3段階に分類しています。第1段階である「デジタイゼーション(digitization)」は、視覚や音、温度、圧力といった現実世界のアナログ現象を、0と1からなるデジタルデータへと変換することを意味します。第2段階である「デジタライゼーション(digitalization)」は、ビジネスや業務プロセスをデジタル化することにより新たな価値やビジネスモデルを変革することです。これらを基盤として実現されるのが第3段階である「デジタルトランスフォーメーション」です。この段階では、企業や業界全体がAI、クラウドコンピューティング、IoTといったソリューションを活用し、まったく新しい、あるいは劇的に改善されたビジネスモデルを創出します。
こうした背景のもと、ルネサスは2024年8月、電子機器設計用ソフトウェアの世界的リーダーであるAltium社を買収しました。この買収の大きな成果のマイルストーンとなるのが、2025年3月に発表したRenesas 365 Powered by Altiumです。これは、ソフトウェア、ファームウェア、ハードウェアの開発ワークフローを1つのプラットフォームに統合することで、エンジニアの創造力を発揮させ、効率を高めるとともに、アイデアから量産までの設計サイクルを加速させる、業界初のプラットフォームです。 Renesas 365は、電子機器開発におけるデジタルトランスフォーメーションの次なるステージとして、シリコン(半導体)とシステム開発の間のギャップを埋め、よりスムーズな開発プロセスを実現します。ルネサスは、2026年初頭の提供開始に先駆けて、ドイツで開催された展示会embedded world 2025において、この革新的なデジタルプラットフォームのデモを披露しました(Renesas 365発表のリリース文)。

Renesas 365が、ルネサスとAltiumの両社が持つ強みをどう融合し、より豊かでダイナミックなユーザ体験を実現するかについて、私は元AltiumのCOOで現在はルネサスのデジタルインダストリー部門でカスタマーサクセスのHead兼Vice President のTed Pawelaと対談を行いました。
D.K.: Ted、Renesas 365開発のきっかけとなった組み込み電子機器設計の現状について、教えてください。どのような点に改善の余地があると感じたのでしょうか。
Ted: ルネサスとAltiumはお互いに、電子機器設計においては、マイコンやSoC、その他PMICなどの電子系ICだけでなくメカ系ハードウェアも含めて、より効果的に開発プロセスを統合する必要があると認識していました。そもそも、電子機器の設計・開発にはチーム間コラボレーションが不可欠ですが、これまでのシステムやツールは一般的に、単一の設計プロセスに最適化されたものがほとんどでした。 私たちは、部門や組織を超えて関係者全員がよりスムーズに連携できるようにすることで、より良い開発プロセスと高品質な製品を実現する必要があると考えました。
DK: Renesas 365のチームは、その協調的な枠組みにはコンテキスト化(設計意図の共有)が不可欠とのことですが、それは設計プロセスにどのような効果をもたらすのでしょうか。
Ted: 設計の背後にある意図の理解につながります。例えば、私がルネサスのフィールドアプリケーションエンジニアだとしましょう。現状では、お客様から「このチップ用の最新ドライバが欲しい」と相談された場合、そのリクエストに応えることはできますが、お客様がそのドライバを使って何をしようとしているのかまでは把握できません。実際、多くのリクエストは、メールやボイスメール、テキスト、Slackなどで非同期的に送られてきます。関係者全員が、お客様の求めるものと、お客様が何を目指して設計しているのかを理解していなければ、本当に必要としているものを提供することは極めて困難です。
もちろん社内での連携も重要ですが、それだけでは不十分です。設計に関わるすべてのメンバーが、その背後にある意図を深く理解すればするほど、より的確に、手戻りを減らし迅速にサポートし合うことができます。Renesas 365では、製品情報を共有するだけでなく、その特定のチップを使っている背景などの設計意図を提供するデジタルスレッドを構築するので、これまで見えにくかった全体的なコンテキスト(設計意図)を必要なメンバ間でより深く把握できるようになります。
DK: ルネサスが設計の意図をより深く理解することによって、顧客にはどのようなメリットがありますか。
Ted: 私はこれを「Application Ready Silicon」と呼んでいます。つまり、設計者が部品をひとつひとつ探し集め、最終的にすべてが適合することを願う必要がなくなるということです。Renesas 365は単なるリファレンスデザインの集合ではなく、従来のコラボレーションの域を超えた「コ・デザイン(共同設計)」の領域に踏み出そうとしています。
DK: 共同設計とは、具体的にどういう意味でしょうか。
Ted: 共同設計は、設計プロセスの効率性とスピードを高め、コストを抑えることができるガイド付きコラボレーションの一形態です。後々の設計の手戻りが少なくなることが期待できます。
例えば、交通監視システムを開発しているとしましょう。あなたの手元には回路基板(PCB)やメカのサブシステム、組み込みソフトウェアがあります。通常、これらはすべて独立した設計になっています。Renesas 365を使えば、回路基板に加えた変更がソフトウェアに影響を与える場合、その変更内容と影響の可能性が開発者に通知されます。機械設計者にも同様に通知があります。これにより、変更の通知がなかったがゆえに設計レビューの場で初めて手戻り作業が必要だと分かる、といった事態を防ぐことができます。効率のみならず安全面においても、Renesas 365の共同設計プラットフォームなら、いつ、どこで、誰が、なぜそうした変更を行なったのかなど設計時の意思決定が全て記録・トラッキングできることで、透明性の確保、早い段階でのリスク検知や、厳しい規制・高い要件に耐えられる安全な製品設計が可能です。
DK: ルネサスとAltiumは、Renesas 365を開発するにあたり、それぞれどのような強みやスキルを持ち寄ったのでしょうか。また、それは半導体業界全体で他社が提供するものとはどう異なるのでしょうか。
Ted: Renesas 365 Powered by Altiumは、私たちのデジタライゼーションビジョンを具現化するものです。両社のポートフォリオを見てみると、ルネサスは半導体(シリコン)そのものに加え、組み込みソフトウェアの開発ツールも提供しています。一方のAltiumは、基盤となるクラウドプラットフォームAltium 365と、プリント基板設計ツールAltium Designerを提供しています。このシナジーが、「シリコンからシステムまで」というコンセプト全体を実現可能にしています。
差異化という点では、Renesas 365のようなものはこれまで見たことがありません。Altiumのような純粋なソフトウェア企業と、ルネサスのような半導体メーカーが協力することで、唯一無二のタッグが実現したのです。この連携は、長年にわたり分断しているのが当たり前だった電子機器設計・開発プロセスにおいて、他に類を見ない取り組みといえます。シリコンからシステムまで、設計プロセス全体を一貫してつなぐことができる単一のプラットフォームは他にはありません。

DK: Ted、本日はお話をありがとうございました。Renesas 365は2026年初頭に提供を開始する予定ですが、私たちは顧客やパートナ企業の皆様に向けて、詳細情報や進捗をお届けしていきます。詳しくはrenesas.com/renesas365をご覧ください。