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Hirofumi Kawaguchi
川口裕史
車載ソフトウェア開発統括部
掲載: 2023年1月31日

ハードウェア中心からソフトウェア中心へ

弊社オートモティブソリューション事業本部片岡本部長が先般投稿したブログ “ルネサス車載事業戦略の概要”で述べているように、今日の自動車の価値は、従来の走る・曲がる・止まるといった、クルマのハードウェアからC.A.S.E.(コネクテッド、自動運転、シェア/サービス、電動化)の4つのメガトレンドに移行しています。これは、ソフトウェアや、クラウド・コネクティビティといったハードウェア以外の技術やサービスの統合が進み、これまでにないUX(User Experience)を提供することがクルマの価値となる時代へと変化していることを意味しています。つまり、自動車業界のトレンドはクルマの価値がソフトウェアによって定義される、ソフトウェア中心の時代へ向かっていることは疑いないでしょう。

こうしたクルマの変化は、価値提供のスピードに対しても変化をもたらしています。クルマの大きなモデルチェンジは数年おきに行われます。従来、一度発売されたクルマは、その製品ライフサイクルの間においては、新しい機能が加わることはありませんでした。結果として、オーナーは何かクルマの新しい機能・価値を手に入れたい場合には、その欲しい機能が搭載された新しいクルマに乗り換えるしかありませんでした。しかし、ソフトウェア中心の未来では、新しいクルマに買い替えることなく、スマートフォンのように最新の機能やUXを継続的に利用できるようになります。

ソフトウェアファーストとシフトレフト

このように変化する自動車業界のメガトレンドに適応したクルマを開発し、タイムリーに市場に提供すること、さらには継続的にクルマの価値をアップデートしていくためには、従来のハードウェア中心の開発手法では困難です。継続的な価値提供を実現するためには、ソフトウェア中心の手法に変化していく必要があります。そのためのキーワードが「ソフトウェアファースト」と「シフトレフト」です。

ソフトウェアファーストとは、単にソフトウェアを先に作る、という意味ではありません。具体的なハードウェアの構成や仕組みを考える前に、最初に、「本当に作りたいものは何か」、「ユーザーにどんな新しい体験や価値を提供したいか」を考え、それに基づいて、アプリケーションやサービスの製品仕様を定義するのがソフトウェアファーストの考え方です。このソフトウェアファーストのアプローチにより、構成するハードウェア(機構部品やE/Eシステム)の制約にとらわれない、新しいソリューションを生み出すことができるのです。

一方、シフトレフトは、製品の特徴や差別化要素、品質を決めるプロセスを、開発者ができるだけ早い段階で行うことを意味します。例えば、従来は開発者が実際のハードウェアを使ってシステム性能を検証していましたが、現在はシミュレーターなどの仮想環境を使って、ハードウェアが手に入る前に評価できるようになっています。

仮想環境は、試作機や測定環境などのハードウェアの制約を大幅に改善できるため、実際のハードウェアではできなかった評価の網羅性を確保できます。この網羅性の向上により各工程のアウトプットがより正確になるため、手戻りによるロスも減らすことができます。このシフトレフトを追求することで、製品開発期間を大幅に短縮することができるのです。

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Software First and Shift Left
図1.ソフトウェアファーストとシフトレフト

ルネサスが目指す統合仮想開発環境とDevOpsソリューション

こういったクルマのシステム開発がソフトウェア中心の手法に変化していくことに対応し、当社のお客様である自動車メーカーや車載ECU開発メーカーのソフトウェアファースト/シフトレフト実現に貢献すべく、私たちは2022年より新たな統合仮想開発環境の提供を始めました。私たちルネサスは、SoCやMCUだけでなく、センサや電力制御、モーター制御など、クルマのE/Eシステムを構築するために必要な様々な半導体製品を提供しています。このようなルネサスの総合的なデバイス製品群のメリットを確実にお客様に提供するためには、従来の単一デバイスに向けた開発ツールだけでなく、クルマ全体のECUやE/Eシステムの開発を支援するソフトウェアや開発環境が不可欠となります。この統合仮想開発環境は、当社のスケーラブルなデバイス製品を利用した製品開発に必要なソフトウェアや開発環境を、デバイス品種やアプリケーションの種別(AD/ADASや車載ゲートウェイ等)によらない、単一の環境として提供します。これにより、お客様はハードウェア(デバイス、PCB、ECU)が入手できない早い段階で、お客様の実現したいユースケースに最適化されたシステムレベルのアプリケーションを開発することができます。

また、ソフトウェアファースト、シフトレフトを実現するための理想的なソリューションであるDevOps(Development and Operations)環境の構築に向けた取り組みも行っています。このDevOpsソリューションは、クラウド上の仮想環境と、お客様の開発現場やエンドユーザーのクルマなどエッジ側の実環境で構成されています。エッジ側の実環境でのデバイス、ソフトウェア、開発環境の使用状況をクラウド上の仮想開発環境で再現することにより、改善点、新たな機能への顧客ニーズを見つけ出し、次のソリューション、製品としてできる限り早く開発し、お客様に提供するというのがこのDevOpsソリューションの基本的な考え方です。

このDevOpsソリューション実現へ向けて、クラウド上の仮想開発環境を構築することが、重要なファーストステップになります。

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Building virtual environments on the cloud and DevOps Solutions
図2.クラウド上の仮想環境の構築とDevOpsソリューション

システム開発に対応したマルチデバイス用ソフトウェア・仮想開発環境

これら統合仮想開発環境、DevOpsソリューションの実現に向けて、私たちルネサスは、2022年よりいくつかのソリューションを発表しています。その一つが、2022年9月に発表した「ECUレベルのソフトウェア開発をハードウェア無しで実現する、統合開発環境」です。

このシステムレベルの統合仮想開発環境を実現するためのキーワードが「マルチデバイス」です。従来のE/Eアーキテクチャでは、モーター制御やエンジン制御などアプリケーション毎にECUが用意され、クルマ全体に分散して配置されていました。しかし、今後は、中央集権型アーキテクチャやゾーンアーキテクチャがE/Eアーキテクチャの主流になっていくと考えられています。これら将来のアーキテクチャでは、ドメインやゾーンを制御するECUが非常に複雑で高度な処理を実行する必要があります。そのため、1つのECUに複数のSoCやMCUが実装されるようになっています。

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Evolution of E/E Architecture
図3. E/Eアーキテクチャの進化

このようなマルチデバイス構成のECU開発を支援するために、ルネサスは、「マルチデバイス用協調シミュレーション環境」と「マルチデバイス用分散処理ソフトウェア」の提供を2022年より開始しています。これにより、開発者は複数デバイスの協調動作をシミュレーションできるため、アプリケーション機能を複数デバイスに分割し、デバイス内のCPUやハードウェアIPへ必要な機能を最適に割り当てることで、ハードウェア性能を最大限に発揮させることができます。

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Multi-Device Co-Simulation Environment
図4.マルチデバイス用協調シミュレーション環境
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Distributed Processing Software for Multi-Devices
図5.マルチデバイス用分散処理ソフトウェア

クラウド上のAI開発環境

私たちはDevOpsソリューション実現のファーストステップとしてクラウド上の開発環境の提供を開始しました。これが2022年3月にフィックスターズ社と共同開発した「R-Car用クラウド評価環境「GENESIS for R-Car」です。GENESIS for R-Carを用いることで、ユーザーは、評価ボードなどの専用のハードウェアや開発環境を用意すること無く、様々なCNNネットワークアルゴリズムを使用したR-Car V3HのAI処理性能を容易に確認することが可能です。さらに、クラウド経由でサーバ上に接続された実機をリモートで動作させて評価することもできます。

AI開発用としては、同じくフィックスターズ社と共同で、AD/ADAS向けAIソフトウェアをR-Car SoCに最適化するツール群も2022年12月より提供を始めています。これらのツールによりAI処理で使用するネットワークモデルをR-Carのハードウェアに最適化します。さらに、AI処理ソフトウェアを高速にシミュレーションする環境を提供することにより、システムレベルでお客様のアプリケーション開発をサポートいたします。

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AI software optimization tools for AD/ADAS for R-Car SoC
図6.R-Car SoC用AD/ADAS向けAIソフトウェア最適化ツール群

最後に

今回ご紹介したソフトウェアおよび仮想開発環境は、私たちが目指すシステムレベルの統合仮想開発環境実現に向けた第1歩となるものです。今年も、私たちルネサスのソリューションスペースを拡大する新製品群を順次リリースしていく予定です。広報発表やブログを通じて、引き続き新製品のご紹介をしていきますので、今後ともルネサスの統合仮想開発環境の進化にご期待ください。

なお、本ブログでご紹介した個々のソフトウェアおよび開発環境の詳細については、以下の製品紹介やブログも合わせて参照いただけますと幸いです。

製品紹介:

ブログ:

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