USB PD 徹底解説:1 of 5
これまでのUSBよりも大きな電力を供給する「USB Power Delivery (USB PD)」の普及が本格化しています。USB PDとは何か、どのような利点があるのか、USB PDの基本を学びましょう。
なお、USB給電では、特徴的な用語、略語が使われています。用語、略語に関しては、巻末に説明をまとめておりますので、参照ください。
USBが電源を変えた
スマートフォンやデジタルカメラの充電にUSBを使うのは当たり前の光景になっています。しかし、10年ほど前までは、多くのデジタル機器は異なるACアダプタにより充電されていました。機器ごとに電源端子の形状が異なり、電圧が違うので、異なる機器の間で、ACアダプタを共用することはほぼありませんでした。同じメーカの同様な機器でさえ、異なるACアダプタを使っていることもありました。USBを使った充電が普及していなかった当時は、ACアダプタの紛失は一大事で、出張の際などは、携行するすべてのデジタル機器のACアダプタを荷物に入れたかの確認が不可欠でした……。
この状況を一変させたのがUSBです。USBで電力を供給できることから、多くのデジタル機器が電源をUSBに置き換えました。スマートフォンや小型のデジタルカメラなどの携帯用機器は、USB ACアダプタを使って充電するのが当たり前になっています。1台のアダプタで複数台に給電できるUSB ACアダプタもあります。ACアダプタの共有化が、どんどん進んでいます。
USB PDの誕生!最大240W DC給電でもっと便利に
USBは、通信と給電が同時に行える規格で、それまで一般的だったシリアル (PS/2など) またはパラレル (IEEE-1284など)のインターフェース規格と大きく違っています。USBの給電能力は、1996年にリリースされた第一世代であるUSB1.0において、2.5W(5V@500mA)と定められました。その後、第三世代であるUSB3.0で4.5W(5V@900mA)に拡張されました。さらに、2007年8月に誕生した「USB BC(Battery Charging Specification)」で、最大7.5W([email protected])の給電が可能になりました。ただ、この電力ですと、1セルのリチウムイオン蓄電池を搭載したシステムまでしか高速充電することはできません。例えばノートPCやプリンタといった数十Wを消費する機器を駆動/充電するには足りません。
そこで登場した規格が、USB PD(USB Power Delivery)です。2012年7月に最初のバージョン(USB PD1.0)が発表され、2021年にリリースされた規格であるUSB PD3.1では1本のUSBケーブルで給電できる最大DC電力は240Wまでに拡張されています。240Wというのは、かなりの電力です。15型程度のノートPCの消費電力は60W前後、A3版用インクジェット複合機は30W前後です。各装置がUSB PDに対応していれば、USBハブからノートPCに給電し、同じハブからプリンタに給電することも可能になります(図1)。
昔のPCシステムにおいては、USB介した給電方向はPCからPCに接続されているデバイス方向への一方向に固定されており、USBハブからノートPCへは給電できませんでした。USB PDを取り入れると、定義されている「ロール・スワップ」機能により「USBホスト―USBデバイス」の関係と「給電―受電」の関係をそれぞれ個別に変更できるようになります。この機能により、ノートPCのUSBホスト機能を維持したまま、USBハブからの給電へ切り替えることもできるのです。USB PDの普及により、ノートPCとプリンタやモニターなどのようなデバイスで別々のACアダプタを用意し、何本ものケーブルを使って電力を供給する必要がなくなりPC周りの配線はスッキリするでしょう。
さらに、240WのDC給電は、電動工具やハンディー掃除機などの新たな装置をUSB給電の対象に拡大し、市場自身がさらに拡大していく、きっかけになると見ています。
USB PDはUSB Type-C®とともに
USB PD1.0が規格化された際には、従来のUSBコネクタとの互換性を維持するものとなっていましたが、USB PD2.0以降では新たなコネクタであるUSB Type-Cとともに使う前提で規格の改訂が行われました。
ここで、USBコネクタの種類を整理してみます。図2は、従来のコネクタの用途と形状です。ホスト(パソコン)側につなぐコネクタはUSB-Aと呼ばれ、プリンタなどのデバイス側はUSB-Bと呼ばれます。スマートフォンやタブレットで普及していたデバイス側のコネクタはMicro-Bと呼ばれるものでした。USB ACアダプタはホストと同様にUSB-Aコネクタを備えています。
図2のUSBコネクタは種類により形が異なっています。コネクタは、正しい向きでないと差し込むことができませんでした。USB Type-C(図3)は、利便性向上のため、上下対称なデザインで、ホスト側もデバイス側も共通に使用できるようになっています。
USB Type-Cは、図4のようにピンの数も増え、SBUピンと二系統あるTX/RX信号ペアを使って、これまでのUSB以外のプロトコルを通す事も可能になっています。例えば、映像信号をUSB Type-CケーブルのTX/RX信号ペア上に乗せれば、PCとモニターの間のケーブルを電力供給含めて1本にすることも可能になります。USB Type-Cに関するさらなる解説はUSB PDの技術2 ~USB Type-Cとロール・スワップ~を参照ください
2014年のUSB Type-Cの登場とともに、改訂された「USB PD2.0」では受給電の統一化を図る「パワールール」とともに、USB以外のプロトコルを通すための「オルタネートモード」が定義されています。「USB PD3.0」では、機器間認証など安全面を配慮した仕様が追加され、「USB PD3.1」では、「パワールール」がUSB PD2.0と3.0でサポートしていた5V・9V・15V・20Vに加えて28V・36V・48Vまでサポートできるように拡張されました。2023/10月に発表されたRev.3.2では、さらにAVS(アジャスタブル・ボルテージ・サプライ)の9Vまでの拡張 (SPR AVSと呼ぶ)に合わせて「パワールール」の再定義が行われています。
USB PD2.0で導入されたパワールールは、USB ACアダプタの共用化のために、機器間での給電・受電の際に混乱が生じないように電圧と電流の条件を再定義したものと言えます。従来のシステムでは、例えば消費電力が15Wだったとしても入力電圧と消費電流の組み合わせで、5V@3Aや[email protected]など使用できるACアダプタは異なっていました。この状況では、ACアダプタの誤使用を避けるために、DCジャックを変更するなどの対策が必要で、ACアダプタの共有化の妨げとなっていました。
USB Type-Cでコネクタを統一するためには、
- ユーザが使えるACアダプタを簡単に識別できるようにする
- ある消費電力のときは同じ入力電圧と消費電流で動作できるようにする
- 自身の消費電力より大きな給電能力を持つACアダプタと接続しても正常に動く
が考えられます。
規格設定時、USB関連の規格を策定する団体であるUSB Implementers Forum (USB IF)では、ユーザが装置で使えるACアダプタを見つけるために、入力電圧と最大動作電流という二つのパラメータを確認するというのは困難であろうと考えられていました。このため、要求電力(Watt)で動作可能な装置に、要求電力を超える電力を供給できるACアダプタを接続した場合には、必ず動作できるように規格化することになりました。
ある要求電力においては同じ入力電圧と消費電流で必ず動作できるようにするため、ACアダプタが必ずサポートしなければならない標準電圧という考えを導入しています。装置は標準電圧に合わせて動作できるように設計することでACアダプタの共有化が図れるわけです。
例えば、供給可能電力が15WのACアダプタでは、5Vで3Aまで必ず供給できるようになっています。45WのACアダプタでは、5Vで3Aまで、9Vで3Aまで15Vで3Aまで必ず供給できるようになっています。
優れものUSB Type-Cは、かなり便利
USB Type-CとUSB PDを組み合わせたUSB PD3.2は、USB Type-Cの持つ電力供給機能やマルチプロトコル機能が花開いています。ここでは、新たに採用された重要な技術について、いくつか見てみます。一つ目の重要技術は「オルタネートモード」で、これは、USB PD 2.0から導入されたUSB以外のプロトコルを通すための規格になります。これにより、USB Type-C ケーブルを介してUSBプロトコルの信号のみならずThunderbolt3, DisplayPortなどの信号も通信することが可能となっています。
もう一つの技術が「ロール・スワップ」です。ロールとは、役割のこと。機器の役割を「スワップ(入れ替え)」することができます。例えば、ひと昔前のノートPCでは、ノートPC充電しようとしても、給電のみに対応したUSB-Aのコネクタしかないため、USBで給電することはできませんでした。しかし、最近のノートPCにはUSB Type-Cコネクタを備えてきているものも増えてきていると、同様に、外付けバッテリーも給電する際に使うUSB-Aコネクタ、充電する際に使うmicro-Bのコネクタ、さらに受給電に使えるUSB Type-Cコネクタを備えています。このため、外付けバッテリーのUSB Type-CコネクタとノートPCのUSB Type-Cコネクタを接続し、通常ノートPCから対向装置 (例: 外付けバッテリー)に向けて給電する方向を逆方向にすることで、外付けバッテリーからノートPC充電することも可能となってきています。
なお、役割を入れ替えるのは電力だけでなくデータ通信についても可能です。また、電力上の役割が入れ替わっても、データ通信的には以前の状態を維持することができます。給電の方向は変わっても、通信はそのまま続行、ということができるように配慮されています。
ロール・スワップに関するさらなる解説はUSB PDの技術2 ~USB Type-Cとロール・スワップ~を参照ください
安全に十分な配慮
USB PDとUSB Type-Cケーブルを組み合わせることで、ACアダプタの削減や、ケーブルの整理ができるなど、デジタル機器の環境は大幅に改善されます。USB Type-Cケーブルには最大240Wの電力が供給されるため、発熱などの問題が起きない安定した品質のものが求められます。USB PD3.0以降では、正規品を識別するために、接続する機器やケーブルの機器間認証機能(Authentication)が追加されました。USB PD3.0以降の機能である機器間認証機能を用いて、USB-IFの認証試験に合格していないケーブルを接続した際は2.5W([email protected])を超える電力を供給しない、といったポリシーを適用して安全を実現することもできます。
それぞれの機器固有のACアダプタではなく、どこでも購入できる汎用ACアダプタを実現するのが、USB PDとUSB Type-Cなのです。
さて、次回はUSB PDの技術について解説します