ここ数年、ソフトウェア定義車両(SDV)という言葉をよく耳にしますが、ソフトウェアは半世紀近く前から安全性の向上や自動車体験の向上といった発展を支えてきました。1970年代にソフトウェアで動作する電子制御が導入されて以来、自動車事故での死亡率は走行距離1億マイル(1億6093万キロ)あたり、1970年に4.5人だったのが、2021年には1.33人未満へと70%減少しました。同様に、ソフトウェアによってエンジンを精密に制御できるようになったことにより、化石燃料の排出量は1970年代から70%削減されました。
しかし、依然として欠けているのは、クラウドネイティブな開発とカスタマイズ可能なシミュレーション環境を組み合わせることで、ハードウェアに依存せず、ソフトウェアをOTAでアップデートすることでクルマの価値を継続的に向上させることができる真にソフトウェアファーストのSDVアプローチです。
ルネサスが新たにリリースしたR-Car Open Access(RoX)プラットフォームは、まさにSDVための開発環境です。RoXは、ハードウェアとソフトウェアの統合を簡素化し、エンジニアの開発をスピードアップさせます。RoXはルネサスの車載用R-Carファミリに共通して利用できます。R-Carファミリは、ハイエンドの中央演算ユニットから、ゾーンECU(電子制御ユニット)まで、さまざまな処理要件に対応するスケーラブルなアーキテクチャです。このR-Car用RoXプラットフォームにより、エントリーモデルからラグジュアリーモデルまで、安全に継続的なソフトウェアアップデートを可能にする次世代SDVを迅速に開発することができます。
なぜSDVなのか
SDVは、自動車技術の新たな可能性を示すものです。従来の自動車から進化して、環境に適応したり、ドライバごとにパーソナライズしたり、さまざまなモノと相互に接続できたりします。車の機能が主にハードウェアに依存していて、変更には物理的な改造が必要な従来の車とは異なり、SDVはソフトウェアを活用して車両をアップデートします。このパラダイムシフトにより、車両の設計、メンテナンス、ドライビング体験において、これまでにない柔軟性、拡張性、効率性をもたらします。
SDVの中核にあるのは、ハードウェアとソフトウェアの分離です。これにより、概念的にはコンピュータやIoTデバイスと似ていますが、クルマ向けに安全性、セキュリティ、堅牢性の複雑なレイヤが追加されたOTA(Over-the-Air)アップデートが可能になります。つまり、自動車メーカは、ディーラーに出向くことなく、バグを修正し、機能を強化し、さらには新機能を投入するためのアップデートを実現できるようになるのです。消費者にとって、これはより迅速に継続的に車が改善されていくという、新たな体験につながります。
SDVの最も大きな利点の1つは、ADAS(先進運転支援システム)の安全性が強化されることです。人工知能(AI)と機械学習(ML)を活用して、常に最新のソフトウェアをアップデートすることにより、車両の周囲の環境を認識して対処する能力を継続的に向上させることができます。この継続的なアップデートは、自動車業界が自動運転車両の開発に向けて前進する上でも非常に重要です。完全自動運転車は、絶え間ない改良を続けつつ、リアルタイムに情報処理し、正しく車両を制御する必要があります。
さらに、SDVは車両の管理と診断を改善します。遠隔から高度に車両状態を測定し、車両性能に関するリアルタイムのデータを提供することにより、重大な問題になる前にメンテナンスの必要性を予測することができます。これにより、ダウンタイムが短縮され、車両の寿命が延びるため、商用の車両管理にも個人オーナーにもコスト削減と信頼性がもたらされます。
SDVはまた、他のデジタルエコシステムとのシームレスな統合も促進できます。スマートシティのインフラや、他の車両、個人のスマートデバイスと通信することにより、都市モビリティの利便性と効率を高める総合的なネットワークを構築できます。
デジタルトランスフォーメーションが必須
典型的な最新の自動車には、多様なサプライヤから提供される1億行を超えるコードがあり、ソフトウェアのテストとECUの統合が非常に複雑になっています。複雑さをさらに増大させているのは、ほとんどの開発プロセスが「アジャイル」であり、要件を毎晩の継続的インテグレーション/継続的デリバリ(CI/CD)の回帰(バージョンアップによる不具合)で検証する必要があるためです。多様なサプライヤからの様々な種類の数多くのソフトウェアを統合することは極めて複雑になるため、バグの可能性はさらに高まります。
SDV の構築は、技術、規制、運用の各領域にまたがる新たな課題があります。以下は、これらの課題の多様性と相互関連性を示しています。
- 複雑なソフトウェアの統合: 高いパフォーマンスと信頼性を維持しながら、高度なオペレーティングシステム間のシームレスな相互運用性を確保する
- サイバーセキュリティのリスク: 強固なサイバーセキュリティにより、通信チャネルのセキュリティ保護を含むハッキング、データ漏洩等、悪意のある行為からの保護
- 規制コンプライアンス: 車両の安全性、データプライバシ、排出ガスに関する地域ごとに異なる 基準や規制の遵守を保証
- ソフトウェアアップデート: OTAソフトウェアアップデートを管理し、世界中の車両に確実かつ安全に配信する
- 信頼性と冗長性: システムの冗長化により、ソフトウェアやハードウェアに障害が発生した場合でも継続的な運用を保証
- データプライバシーと倫理: 厳格なデータ保護対策と透明性の高いデータ利用を推進する一方で、自動運転に関する倫理的考慮事項に対処する
- 高い開発コスト: 特に小規模なメーカ向けに、先進的なソフトウェアやハードウェアの開発、テスト、導入に関連するコストを管理する
- 人材獲得とスキルギャップ: 従来の自動車エンジニアリングと最新のソフトウェア、サイバーセキュリティ、AI開発とのスキルギャップを埋める
デジタル時代における自動車バリューチェーンの変化
最近まで、自動車はOEMによって企画、設計され、提供されていました。Tier1は、コンポーネントの統合、テスト、検証、保守サービスなどの役割を担っていました。Tier2やTier3のサプライヤは、ソフトウェアやハードウェアのコンポーネントをTier1に供給し、統合作業を支援していました。
現在の自動車バリューチェーンと、その基礎となるE/E(電気/電子)アーキテクチャは、電動化、自律性、車両のコネクテッド化という大きな動きによって劇的に変化しています。デジタル化はその中心的な役割を担っています。従来Tier1が担っていた責任の一部はOEMが担うようになる一方で、開発中および現場でのさまざまなコンポーネントを集約および統合するクラウドプラットフォームやソフトウェアサービス企業など、全く新しいサービスプロバイダの波がバリューチェーンに現れています。
新しいSDVは、安全で、開発/テスト/保守が容易で、完全にアップグレード可能なエンド・ツー・エンドのソフトウェア・スタックによって提供されます。もともと Tier 1 に個別のコンポーネントを供給していた半導体、OS、ミドルウェア提供企業などの従来の多くのサプライヤは、現在では SDV 機能セットによって定義される OEM 全体のニーズをサポートする機能スタックを提供することが求められています。
ルネサスのRoXがSDV開発を加速
ルネサスのRoX SDVプラットフォームは、既存のR-Car SoC、次期R-Car Gen 5 MCU/SoCファミリ、および将来のデバイス向けに設計されています。この新しいプラットフォームにより、OEMやTier1サプライヤは、ADAS、IVI、ゲートウェイ、クロスドメイン・フュージョンシステム、ボディ制御、ドメイン制御、ゾーン制御など、幅広いスケーラブルなコンピューティングソリューションを柔軟に設計できるようになります。
Arm® CPUコアをベースとした新しい統一ハードウェア・アーキテクチャにより、R-Car Gen 5デバイスを使用して開発するお客様は、車種や世代を超えた多様なE/Eアプリケーションで同じソフトウェアやツールを再利用することができ、開発投資を最適化することができます。
今日、OEMやTier1サプライヤは、ソフトウェア開発とメンテナンスに多額の投資を行っています。ルネサスはこの課題を理解し、お客様やパートナと緊密に連携して、車両のライフサイクルを通じて維持できる柔軟ですぐに導入可能な開発ソリューションを提供していきます。